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2021.02.25

議論することの重要性

今日は、岩船商工業会の執行部会でした。

議題は、「洋上風力発電計画の研究について」。

 

岩船沖での洋上風力発電事業計画に関して、

数年前にも計画があり、実施へ向けかなり前に進んだようですが、

採算性の問題等で、結果、実施とはならなかったそうです。

 

私は、前回の計画時、岩船にはおりませんでしたので、今回の洋上風力発電計画の話は、いろんな意味で新鮮でした。

(前回をご存知の方は、すでに聞いた話なのでしょうか??)

 

賛成、反対、それぞれの意見はあって当然だと思います。

「多様性を認め合う」時代ですので。

 

ただ、「決断」はいつの時代でも必須です。

 

「最良な決断」のために必要なコト、

それは、「正確な情報の収集」。

これに尽きます。

 

岩船にとって、

洋上風力発電を設置することは便益が高いのか、

それとも

設置しないことのほうが便益が高いのか。。

あるいは、人類にとって。。

 

それが一番重要なことだと思いますが、

その前に、

本当に採算性が取れる事業なのか?

(前回より何が進展したのか?)

そして、サスティナブルな事業なのか?

まずはそこを学びたいと思いました。

 

by Mahalo

2021.02.23

こんな時こそ情熱を大切にしたい

昨日は、15度くらいまで日中の気温が上がり、

「そろそろ、春も近いか。」と思ったのもつかの間、

今日は、また雪が降る展開に。。

この寒暖差に皆さんお気をつけてお過ごしください。

 

さて、

冬は寒さからなのか、

肩や腰の調子が悪くなることが多く、

先日、

瀬波温泉の「磐舟」にある「ほぐし処わかまさや」に、文字通りほぐしてもらいに行ってきました。

オーナーは、岩船の方で、

前職は全く違う職業についていらっしゃいましたが、

「人をほぐしあげることを一生の仕事にしたい」と一念発起し、今のビジネスを立ち上げたそうです。

 

「ゼロからイチを立ち上げる」

これって並大抵のことではありませんよね。

ましてやこのコロナ禍においては尚更です。

尊敬の念しかありません。

現状に不満ばかり言わず、

その情熱、本当に見習いたいと思います。

 

by Mahalo

 

 

 

 

2021.02.21

蛇足です

上杉家は公家の藤原氏の一門で、足利尊氏の母の実家だそうです。

関東で勢力を伸ばし、本家の山内(やまのうち)上杉氏が室町幕府の要職である関東管領を務め、

越後国守護も兼ねます。

 

謙信は、越後国守護代の長尾家の人で、元々は長尾景虎でした。

戦国時代の下克上で、山内上杉氏の力が衰えて

謙信に山内上杉の家督と、関東管領職が譲られます。

山内上杉氏としては第16代当主となります。

 

謙信の養子の景勝が、米沢藩の初代になるわけですが

江戸時代を通して御家断絶することなく明治維新を迎え、

家系は現代まで続いているそうです。

 

米沢藩主上杉家としては17代目、山内上杉氏としては第32代当主に当たられる方は

宇宙工学を専門とする工学博士で、定年で退官するまで文部省宇宙研究所の教授を務め、

あの宇宙探査船「はやぶさ」のプロジェクトチームの一員でもあったそうです。

 

By 転がる石

 

 

PS.

仕事柄、激ヒマな時期に当番weekに当たったので、せっせとUPしました。

いるかどうかはわかりませんが、ご愛読いただいた皆様、ありがとうございました。

鷹山公

うちの店には、山形県置賜地方(小国~米沢方面)のお客様が多く見えられる。

父がこの商売を始めた50年前から、うちを支えてくださったお客様だ。

 

同じ山形県でも庄内地方とは気質が違うように感じる。

全体におっとりとして人柄がいい。

日本一だと、私は思っている。

 

職業訓練校講師のくだりで掲載した「瀬波郡絵図」は、米沢市の上杉博物館に所蔵されている。

描かれたのは16世紀(戦国時代)と推定されている。

当時の岩船は平林城を本拠とした地方領主 色部氏の領地であった。

絵図は色部氏が描かせたものだろう。

 

全国統一を成し遂げた秀吉の命令で、越後上杉家は会津120万石に転封となる。

後に関が原で石田三成に味方したため、米沢30万石に減封となる。

 

色部氏も会津~米沢と上杉家につき従ったので、この絵図が米沢に残されている。

 

米沢藩ではその後も不祥事があり、さらに15万石に減らされている。

しかしながら謙信以来の名家の誇り高く、体面を重んじたため深刻な財政難に陥った。

 

そんな中わずか10歳で上杉家に養子として入り、若くして藩主となった上杉鷹山は

徹底的な倹約と殖産興業によって破綻した藩財政を立て直した。

 

ある日、農民が干した稲束を取り入れるとき、にわか雨が降り出しそうになった。

たまたま通りかかった二人の武士が取入れを手伝ってくれた。

 

農民の老婆が後日、お礼の餅を作って教えられた役所に行ってみると、

手伝ってくれたのは藩主の鷹山公その人で、老婆は腰を抜かすほど驚いた。

 

その上に仕事に励んでいることを褒められ、褒美に銀5枚をいただいた。

子孫まで殿様の御恩を忘れないように、老婆は子や孫に足袋を作って贈った。

 

老婆が嫁いだ娘に宛てた手紙と足袋が、米沢に残されている。

 

(前略)

ソレデ フクデモチ三十三マルメテ モツテユキ候トコロ

オサムライドコロカ オトノサマデアッタノデ コシガヌケルバカリデ

タマゲハテ申シ候

ソシテゴホウビニ ギン五マイヲイタタキ候

ソレデ カナイヂウトマゴコ ノコラズニ タビくレヤリ候

(後略)

 

米沢の人にとって上杉は、謙信でも景勝でもなく鷹山だ。

今も「鷹山公」と敬意を込めて呼ぶ。

 

置賜の人柄の良さは、鷹山公のレガシーに違いない。

 

 

日本で上杉鷹山がまだ広く知られていなかった1961年、

43歳でアメリカ大統領に就任したジョン・F・ケネディーは記者会見で、

「尊敬する政治家は、日本の上杉鷹山だ。」と語った。

 

嬉しいじゃないか。

 

By 転がる石

2021.02.20

songs of freedom

20数年前にレゲエミュージックを夢中で聴いていた。

 

アスワド、UB40、インナーサークル、サードワールド、ジャネット・ケイ、

マキシ・プリースト、フレディー・マクレガー、チャカ&デマス・・・

 

でも今になってみれば結局レゲエはイコール、ボブ・マーリィーだ。

ボブが36歳で亡くなって、今年で40年になる。

ポップミュージックで精神のカリスマはジョン・レノンとボブ・マーリィー。

ボブ・ディランはただの批評家に過ぎないと思っている。

 

ジャマイカで、人民国家党と労働党の二大政党による対立が激化したとき、ボブは

「二大政党の対立により混迷するジャマイカに微笑みを与えよう」と

チャリティーコンサート「スマイル・ジャマイカ・コンサート」の開催を計画した。

 

1976年12月3日、コンサートのリハーサル中に銃で武装した男たちに襲撃を受け

ボブは胸と腕を撃たれた。重傷を負いながら二日後コンサートに出演。

約80,000人の聴衆に向かって

「このコンサートを開くことを二か月半前に決めたとき、政治なんてなかったんだ! 

僕は人々の愛のためだけに演奏したかった」と言い、約90分の演奏をやりきった。

 

後にコンサートに出演した理由を尋ねられたとき、

「この世界を悪化させようとしているやつらは休みを取っていない。なのになぜ僕に休むことができるか?」と語った。

 

その1年半後、キングストンで「ワン・ラブ・ピース・コンサート」に出演し

「Jamming」の演奏中、コンサートを見に来ていた対立する2人の党首をステージ上に招き、

和解の握手をさせた。

 

ボブの遺した言葉は今も勇気を与えてくれる。

 

  どうやって生きるかなんてことは、誰も他人に教えられないよ。

  それは、自分自身で見つけるものだ。

 

  俺たちには学はないけど、インスピレーションがある。

  もしも教育なんて受けていたら、とんでもない愚か者になっていたさ。

 

  自分の生きる人生を愛せ。

  自分の愛する人生を生きろ。

 

  もう、言葉は充分だろ。

  今すぐ、行動に移そう。

 

 

ボブの生前最後のアルバムのラストは「Redemption Song」

アフリカから奴隷として連れられてきた祖先から続く苦しみと悲しみを、

自らの力で克服しようと歌う。

病気に冒されて、死を覚悟しながら録音した15テイクの中から、

あえてアコースティックギターのバージョンで発表している。

 

  Old pirates, yes, they rob I

  海賊が僕をさらって

  Sold I to the merchant ships

  僕を商船に売った

 

  Emancipate yourselves from mental slavery

  解放するんだ自分自身を精神の奴隷から

  None but ourselves can free our minds

  自分自身でなければ自分の精神を自由にすることはできない

 

  Won’t you help to sing

  一緒に歌わないか

  These songs of freedom

  自由の歌を

  ‘Cause all I ever have

  僕が今まで歌ってきた全てだからさ

  Redemption Songs

  救いの歌

 

songs of freedom

 

自宅の倉庫をリフォームした。

ボブ・マーリィーへの憧れをちょっと入れてみた。

before

after

 

By 転がる石

2021.02.19

時に利あらず 騅(すい)ゆかず

すこし前まではそこかしこにあって、ブレイクタイムに利用させてもらっていたのに

コンビニやその他の店頭から灰皿が撤去が進んでいる。

 

嫌煙は正義なのだろう。

 

中央の権力とメディアがグルになって、こんな田舎にまで自分たちの正義を押し付ける。

寒空の無力感。

ふと「垓下の歌」が口からこぼれた。

 

古代中国の「周王室」は紀元前11世紀から700年近く続いたとされている。

 

その周の統制が乱れた末期(春秋戦国時代)に、

秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の七国が各地で勢威を張った。

 

その中の秦の王、政が他の国を制圧して中国史上初めての統一国家を創り上げた。

政は始皇帝となった。

 

始皇帝の陵墓が発見されたのは1974年。

世紀の大発見である。

俑(よう)と呼ばれる兵馬の像は、調査できた箇所で

戦車が100余台、陶馬が600体、武士俑は成人男性の等身大で8000体近く、

周囲には広大な、未発掘の場所があるという。

これらが紀元前3世紀に作られたというのだから唖然とさせられる。

 

始皇帝の死後、秦に制圧された各地で反乱が起き、楚の項羽と漢の劉邦が覇を競う。

圧倒的に強勢であった項羽だが、やがて形勢が逆転し

ついに「垓下の戦い」で敗れて戦死する。

 

敗戦前夜、項羽の軍を囲む敵陣から項羽の故国である楚の歌が聞こえた。

味方もすでに多く敵方についたかと、項羽は負けを覚悟した。

「四面楚歌」の語源である。

 

形勢利あらずと悟った項羽は、別れの宴席を設けた。

項羽には虞美人という愛妾がおり、また騅(すい)という愛馬がいた。

これらとの別れを惜しみ、項羽は自らの悲憤を詩に読んだ。

これを「垓下の歌」という。

 

力拔山兮 氣蓋世   力は山を抜き 気は世を蓋(おお)う

時不利兮 騅不逝   時に利あらず 騅逝(ゆ)かず

騅不逝兮 可奈何   騅の逝(ゆ)かざるを 奈何(いかに)すべき

虞兮虞兮 奈若何   虞や虞や 汝を奈何(いかに)せん

 

 

私のタバコを吸えない嘆きと、項羽将軍の死を覚悟の悲憤とでは

砂粒と地球ほど違いますけどね。

 

By 転がる石

2021.02.18

熱く語れ

先日、村上職業訓練校で講師をした。

 

もちろん初めてのことだ。

観光業に従事する新人従業員向けのカリキュラムで

「地域の歴史、伝統、文化を学ぶ-岩船編-」を担当した。

 

講座の目的としては、

「観光客に尋ねられたときに答えられるように地元の知識を身につけましょう」

ということだと理解した。

 

岩船なら、古い歴史、岩船神社、岩船祭り、港町、魚釣り、

これぐらいかなと。

要点だけなら20分もあれば充分だが、与えられた時間は120分。

 

なら、掘り下げるか。

 

なぜ岩船が、この地域で最も古い歴史なのかというと

古い時代に大きな潟で、天然の港だったから大昔から人が住み着いたのだと。

瀬波郡絵図 15世紀

 

以前、商工業会で開催した大滝友和先生の「岩船潟開拓の歴史について」の講演の中で、

排水機付近では石川は周りの田んぼより川の水面が高い「天井川」だと教わった。

それこそ、潟を農地に造り上げてきた祖先の労苦の証左であると。

 

職業訓練校の受講生の20歳前後の若者(私から見れば、子ども)にとっては

迷惑な話だろうなと思いながら、どうしてもこの話しをしたかった。

 

そのために市役所から地図をとってきて、

原初の潟の様子をイメージしてもらうように、山の際を赤く線で示した。

 

荒川も注ぎ込む大きな潟を想像してください。

大昔、フロンティアを目指して舟に乗って日本海を北上してきた人たちは、

この大きな天然の港に安心して舟を入れ、この地に住み着き、

漁業や農業で暮らしを立てたに違いない。

 

だから潟を見下ろす山の上に、暮らしを守る神様をお祀りしたのだと。

 

私は郷土の歴史ロマンに酔いしれて語った。

 

子どもたちは・・・

眠気をこらえるのにたいへんそうだった。

 

By 転がる石

2021.02.17

サイコロ二つ

北海道は暴風雪らしい。

苫小牧はどんなだろう。

 

  苫小牧発 仙台行きフェリー

  あの爺さんときたら わざわざ見送ってくれたよ

  おまけにテープを拾ってね 女の子みたいにさ

 

隠れもなく拓郎マニアである。

拓郎マニアにとって「落陽」は特別だ。

アルバム「ライブ’73」で発表された。

中野サンプラザで録音されたライブバージョンがオリジナル。

ギターは高中正義。

 

一番組界隈では、今でもチンチロリンが楽しまれている。

流行らしたのは、私だ。

30年ぐらい前になるか。

 

チンチロリンはサイコロ3個とどんぶりがあればいい。

技術は関係ない。

シンプルな博打だ。

 

  土産にもらったサイコロ二つ

  手の中で振れば また振り出しに

  戻る旅に 陽が沈んでゆく

 

落陽の歌詞はサイコロが二つ、チンチロリンじゃないのか。

爺さんは丁半博打か?

 

最近になってネットで、作詞した岡本おさみさんの記事を見つけてわかった。

 

旅先の苫小牧でフーテン暮らしの爺さんと知り合った。

爺さんは「賭場見にいくか」と誘ったそうだ。

その賭場で爺さんはチンチロリンに加えてもらえなかった。

ツケが溜まったままだったから。

 

知り合った若者と別れる時、爺さんが土産にやれるものはサイコロしかなかった。

 

「あんたはバクチは向かない。だから三つじゃなくて、二つだ。」

 

優し過ぎるから、身を持ち崩したんだな。

 

  サイコロ転がし 有り金無くし

  スッテンテンのあの爺さん

  どこかで会おう 生きていてくれ

  ろくでなしの男たち 身を持ち崩しちまった

  男の話を聞かせてよ サイコロ転がして

 

そんな歌に惚れ込んで大人になったから。

 

でも今はサイコロじゃなくて、機械が回すルーレット。

 

「話になんねえ」

爺さんが見たら、けなすだろうな。

 

G.O.A.T(Greatest Of All Time)

 

NFLスーパーボウル2021はタンパベイ/バッカニアーズが戦前の予想を覆し、

ディフェンディングチャンピオンのカンサスシティー/チーフスに勝利した。

 

2月7日にフロリダ州 タンパ・レイモンド・ジェームス・スタジアムで開催されたが

開催スタジアムをホームとするチームがスーパーボウルに進出したのは

56回の歴史の中でこれが初めてだそうだ。

 

NFLをつぶさにチェックしているわけではない。

YOU TUBEにアップされたゲームハイライトをたまに見るだけだ。

 

で、今シーズン途中でビックリした。

 

あのトム・ブレイディーがバッカニアーズにいる!

ニューイングランド/ペイトリオッツでスーパーボウルに9回出場。

うち6回スーパーボウル制覇。

世界で一番裕福な国で、一番ファンを熱狂させるアメリカンフットボールで、

ブレイディはG.O.A.T(Greatest Of All Time)と呼ばれる

「史上最高のQB(クオーターバック)」なのだ。

 

ペイトリオッツ以外でプレーするとは夢にも思わなかった。

43歳、年齢的な衰えがあるのなら引退するものとばかり。

 

それが万年Bクラスのバッカニアーズでプレーしている。

それに、ペイトリオッツでホットラインを組んでいて2年前に引退したはずの

ロブ・グロウカウンスキーが現役復帰してバッカニアーズにいる。

 

それでもバッカニアーズは、シーズン中は特に強いとは思わなかった。

チーム全体がブレイディーのプレーになじむには1年以上はかかるだろう、

年齢的に間に合うか?

 

それがなんと、ワイルドカードでプレーオフに進出して

あれよあれよという間にチャンピオンだ。

 

実はブレイディーは2000年のNFLドラフト6巡目199位でやっと指名されたそうだ。

期待薄のスタートから一気に頂点に上り詰めた驚異的な強運の持ち主なのだ。

 

もう「持っている」感が違いすぎる。

奥様は2016年まで「世界一稼ぐモデル」だったトップモデルのジゼル・ブンチェン。

 

ブレイディーの年棒は今期は30億。

ペイトリオッツ時代で20億ぐらいだったそうだが、

奥様のほうがずっと年収が多かったらしい。

ブラッド・ピッド&アンジェリーナ・ジョリー夫妻より年収の多いカップルだとか。

 

「すべてを持っている男」なのだが歌は・・・音痴らしい。

 

少しだけホッとする。

 

By 転がる石

2021.02.16

必然のスキャンダル

「麒麟が来る」が終わった。

 

光秀の生存を匂わせるようなエンディングだった。

光秀=天海はなかろうが、余韻の残る洒落た演出だ。

 

歴史上架空の人物の活躍が過ぎるのはいかがなものか・・などとの批判は

史実と創作の区別のつかない愚民のたわ言である。

 

ストーリーを通して

 

麒麟を呼ぶためには信長のパワーが必要だった。

暴走を始めたパワーを止めるために光秀が必要だった。

パワー抑止の荒療治からの回復に秀吉が必要だった。

世があらかた回復したところで家康が麒麟を具現した。

 

と、なるか。

 

大河ドラマはフィクションだとして、リアルな歴史に思いを巡らせると

かえすがえすも「本能寺の変」は必然として、

必然の後の経緯は、鋭利な光秀にしてはあまりにもずさん。

 

少なくとも家康は味方にしておかないと。もちろん毛利と上杉と長宗我部も。

畿内は明智、西国は毛利、四国は長宗我部、北国は上杉、

東国は徳川でとプランを提示すれば、どの家中も後のことはまずおいて、

当面良しだったのではないか?

 

織田家中の羽柴秀吉を毛利が、丹羽長秀と織田信孝を長宗我部が、

柴田勝家を上杉が、滝川一益を徳川が、明智は織田信雄を、

それぞれ牽制して個別に撃破していけば。

変を企むなら、そこまで想定して根回ししておかないと。

 

このあたり、唯我独尊という点で信長と光秀は似た者なのだと思う。

 

それに比べて秀吉は、この頃はまだ自分の器量不足をわきまえて

弟の秀長、蜂須賀小六、竹中半兵衛、黒田官兵衛など

側近、軍師のいうことをよく聞いている。

 

光秀が半兵衛や官兵衛のような軍師を重用していれば・・・

 

でも、そうであれば時代の中での役割を超えてしまって

麒麟は来なかったかもしれない。

 

すべては必然だったのだろう。

 

それにしても信長の正室、帰蝶を演じた川口春奈は素晴らしかった。

当初の女優が降板しての代役だったのが、

まるで彼女を想定しての脚本か?とネットで盛り上がるほどの好演だった。

 

となればまるで、当初の配役のスキャンダルもまた、

麒麟が来るための、必然だったのかもしれない。

 

By 転がる石

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