チューブラー・ベルズ / マイク・オールドフィールド

音楽と自転車

「チューブラー・ベルズ」。イギリスの国民的ミュージシャン、マイク・オールドフィールドのデビュー・アルバムである。

世界的に大ヒットしたアルバムだが、このブログを見ている方の中でこのアルバムを聴いたことがある人は、意外と少ないかもしれない。

でも、映画「エクソシスト」のあのテーマ曲、と言えば頷く人も多いかもね。

正しくは、映画のテーマ曲は「チューブラー・ベルズ・パート1」の冒頭部分のみを使用しており、映画のサントラは別のミュージシャンが新しく演奏し直したものだ。

 

1973年5月25日に発売された「チューブラー・ベルズ」は、ヴァージン・レコードの第一弾アルバムだった。(製造番号 V2001)

しかしながら発売後2週間は全く売れなかった。

そりゃそうだ。

当時の音楽宣伝媒体の主流はラジオ。

ラジオでは3分程度の歌入りのシングル盤をかけるのが普通だった時代である。

A面のパート1とB面のパート2を合わせて45分もある歌無しの曲が、ラジオでかかるはずもない。

そのころアルバム・チャートを賑わしていたのは、デビッド・ボウイ「アラジン・セイン」、ビートルズ「赤盤」「青盤」、ピンク・フロイド「狂気」、ルー・リード「トランスフォーマー」、ロキシー・ミュージック「フォー・ユア・プレジャー」など錚々たる顔ぶれ。

ここに割って入るためには、相当の宣伝力が必要だった。

「チューブラー・ベルズ」は、音楽批評家の間では非常に評価が高かったので、あとはどうやって“聞かせる”かということだった。

そこでヴァージン・レコードの社長リチャード・ブランソンは考えた。

ラジオで自身の音楽番組を持つ有名ディスク・ジョッキーのジョン・ピールと、昼食を共にしながら、「チューブラー・ベルズ」を彼に聴かせたのである。

すると「こんな音楽は今まで聞いたことがない!」と、ビックリしたジョン・ピールは、数日後のラジオ番組で「チューブラー・ベルズ」をかけたのだった。

「放送翌日は一日中電話が鳴りっぱなしだった」とリチャードは自伝で語っている。

 

6月25日に計画した、一大コンサートも大成功に終わった。

翌週になると口コミが広がり、8月にはアルバム・チャートのトップになった。その後も売れ続け、最終的には1300万枚を売り上げるベスト・セラーとなったのである。

 

1982年5月26日、当時私は東京に住んでいたおかげで、運よく渋谷公会堂でのマイク・オールドフィールドのコンサートを観ることができた。豪華メンバーを引き連れ、感動的な2時間のコンサートだった。もちろん「チューブラー・ベルズ」も演奏してくれた。

後も先にも日本公演はこの日たった一度しかやっていない。まさに奇跡的な一日だった。

 

時は流れ、2012年のロンドン・オリンピック開幕式でマイク・オールドフィールドは「チューブラー・ベルズ」を演奏した。この日だけの、特別な大胆なアレンジだった。

生放送を観ていた私は、目の前で起きていることが夢のように思え、メチャクチャ興奮したのを覚えている。NHKのアナウンサーの喋りが少しうるさかったのがマイナスだったが、素晴らしすぎる演奏と演出には圧倒された。

(そういえば、その後に続いたMr.ビーンの「炎のランナー」も最高だったなぁ。)

 

この暑い夏、「エクソシスト」を観て涼んだ後に、歴史的名盤「チューブラー・ベルズ」もぜひ聴いてみて欲しい。