中年男のグダグダ雑感

 

よく耳にする乃木坂の、地名としての歴史は浅い。

 

赤坂の「幽霊坂」と呼ばれていた坂道を、当時の赤坂区議会が、
陸軍大将乃木希典の死を悼んで「乃木坂」に改名したのは大正元年のことだという。

乃木希典(のぎまれすけ)。出身は長州。

討幕・維新の戦いから従軍している生粋の軍人である。
日露戦争で陸軍司令官として露軍の旅順要塞を攻略し、英雄に祭り上げられた。

多くを殺し、多くを死なせた軍人を、今の時代に英雄として尊敬はできないだろう。
乃木本人も称賛より、多くの戦死者を出したことへの責めを求めていたという。

 

ただ、乃木の至誠は今の時代にも認められるべきである。

 

日露戦争後、乃木はたまたま招かれた長野の師範学校で、登壇を勧められたものの、
その場に立ったまま「諸君、私は諸君の兄弟を多く殺した者であります」と言って嗚咽し、
それ以上何も言えなくなってしまったという。

時間があれば戦死者の遺族を訪問し、
「乃木があなた方の子弟を殺したにほかならず、その罪は割腹してでも謝罪すべきですが、
今はまだ死すべき時ではないので、他日、私が一命を国に捧げるときもあるでしょうから、
そのとき乃木が謝罪したものと思って下さい」と述べたという。

ちなみに乃木の二人の息子も、旅順で戦死している。

 

晩年は明治天皇のたっての願いで学習院院長に奉職し、
迪宮裕仁親王(後の昭和天皇)らの教育係を務めた。

裕仁親王は赤坂の東宮御所から車で目白の学習院まで通っていたが、
乃木は徒歩で通学するようにと指導し、裕仁親王もこれに従い、
それ以降どんな天候でも歩いて登校するようになったという。

 

明治天皇の大葬が行われた日の夜に、妻・静子とともに自刃して殉死を遂げる。

 

明治天皇をこの上なく敬愛していたからではあるが、
幾多の犠牲の上にこの国の近代化への道筋がついたことを見届け、
自決という形で、旅順攻防戦での謝罪を果たした・・・

このていどのヒストリーを、マルチな才能の持ち主はおおよそ知っているはず。
そんな地名をアイドルグループにつけたからといって、もちろん何の咎もない。

 

坂道シリーズ?

似たような名前の欅坂とかというアイドルグループの握手会で
「メンバーを殺そうと思った」男が逮捕されたとネットのニュース。

スターを夢見るのは若者の特権だが、名声にはリスクがつきまとう。

 

その前には、総選挙とやらで結婚宣言をしたメンバーに批判が浴びせられていた。

いわく「投票するのにいくら使ったと思っているんだ」
(なのに、男がいたなんて・・・とでも続くのかな)
まるで店に通い詰めた挙句、お目当てのキャバ嬢に袖にされた男のセリフだ。

その総選挙とやらに投票するには、CDを購入するとか金がかかるらしい。
お気に入りのメンバーを上位にするために何百枚もCDを買うファンもいるのだとか。

この仕組みの元締めは、莫大な利益を手にしていることだろう。

 

美空ひばりの愛称が「お嬢」だったのは、田岡一雄が彼女をそう呼んだから。
ひばりは、よほど親しい人間にしか「お嬢」と呼ばせなかったらしい。

天才少女と脚光を浴び始めた娘が本格デビューするにあたって、
ひばりの母は、後見役に山口組三代目組長 田岡一雄を頼った。

「お嬢」「神戸のおじさん」と呼び合うコンビが
戦後日本の芸能界を表裏でリードした。

反社会的勢力を擁護するわけではないが、興業の世界は元々そういうものだ。
人気商売ゆえのリスク回避のための、必要悪なのだろう。

 

少女たち自身にそこまで考えろというのは無理な話である。

彼女たちの夢を元手に利益を得ている人間に、リスク管理の責任がある。
責任を果たさないようでは、ヤクザに劣ると言われても仕方なかろう。

 

二十歳の、アイドルの卵が結婚宣言をしたからと、
「場をわきまえろ」とソーシャルメディアがこぞって批判する。
「ルール違反だよ」とグループの新旧のメンバーも苦言を呈する。

ネガティブの同一方向性が薄気味悪くはないか?

 

共謀罪(テロ等準備罪)法案が成立したことを危惧する声が多い。
国家・国民をテロから守るために必要な法整備なのだろうと思う。

であれば、今後肝心なのは運用の方法である。
濫用は指摘の通り国家権力の強化、やがては軍国主義につながりかねない。

国家による正しい運用を、国民が監視しなければならないのだが、
弱者を誹謗するネガティブ同一方向性に、
法案の成立よりもこの国の右傾化を危惧してしまう。

 

こんな国を作ったつもりで自決したのでははないと、
泉下の乃木将軍が泣いてはいないだろうか。

 

by 転がる石

 

乃木将軍について詳しくは⇒ http://ironna.jp/article/4767